昭和44年9月16日 夜の御理解



信心をさせて頂いておると段々人の心が解る様になる。ですから解っただけじゃいけんから、その人の心になって見ると腹も立たなければネ、不足もない事がたくさんある訳です。その人の気を、その人になって見ると、そうもあろうと思いますからです、信心さして頂くなら、そこが解らにゃいかん。もゥ本当に信心もない、あの人の事だから、あの人にとってはやはり、そゥもあろう、その人の気持ちになると言う事が大事です。信心は、だからそれが場合にはネ、神様の心持ち、神様の気持ちにならして頂いたら、神様の思いからすりゃァ、そうもあろうと言う事になって来るんです。今日はまァ、はばかられますから申しませんけれども、そう言う風な事が幾らもありました。取り分けあの霊人様の気持ちにならせて頂いたら、そうもあろうと言う事があります。そこにネ、例えばお気付け頂きよっても、その信心がないと解りません。御霊様の気持ちになったら、その位な事はあろうと、言う事があります、ですから信心さして頂く者なら、よーくそこん処をですネ、場合には、ハー神様の思いになれば、それがあの神様の思いにお応えすると言った様な事を言いますけれど、お応えするのじゃない、神様の気持ちにならせて貰う、とそうならなければおられないのである。霊人様の気持ちになると、ハー本当に霊人様の気持ちになると、これはお詫びしなければ相済まん、と言う事になる事もあるんですよネ、その人の気持ちになると本当にこちらが思い過ごしであった、信心のない人の事であるから、そうもあろうと、その相手の気持ちになると言う事がネ、私は信心だと思うんですよネ。どうぞ!!

甲斐田誉